影絵劇「稲むらの火」


吉岡 一枝 (静岡市)



※1.


著作権は、吉岡一枝が所有する。
2.
防災教育及び防災啓発活動に利用する場合は、ご自由に無料で、改変していただいて、ご利用いただければ構いません。その際、特に連絡は必要ありません。
3.
この台本を利用した営利活動は禁止します。

 

人 物

春野すみれ(60)語り

春野達也 (8)

浜口儀兵衛(40)  庄屋  (江戸時代)

良作(30)
     
しげ(28)     

俊作(10)

はな(5)

さき(60)

村人1組長

早鐘の男の声
 
村人たち       


○海辺の新築マンションの窓の中
    (波の音)
    (音楽@明るい海)
     春野達也(8)と春野すみれ(60)の声のみ
    (カモメの声)


○ 飛ぶカモメ一羽
 達也 「おばあちゃん、カモメと目が合ったよ」
 すみれ「うそっ!」
 達也 「ほんと!手が届きそうだったよ。
     (カモメ飛ぶ)ほら、また来た!」
 すみれ「ほんとだ・・…。たっちゃんのクッキー
     が欲しいんじゃないの。やってごらん」
 達也 「うん!おばあちゃん、海っていいね」
 すみれ「そうね・…、でもね恐ろしいこともあるんだよ。
     ずーっと昔、江戸時代のころ、大きな地震が
     おこってね、この村に津波が押し寄せて来た
     ことがあったんだって」
      (音楽A懐かしいのどかな田舎)

○ 障子の格子


○ タイトルダブル。

○障子窓から見た漁村風景(夕)
    (初冬の夕方。村は穏やか)
 すみれの語り
  「この海辺の村の人々は、米を作ったり魚をとったり
  して暮らしていました。この村の高台には浜口
  儀兵衛という庄屋さんの家がありました。
  儀兵衛さんは、村の人が舟を修理するときには
  お金を貸してやったり、困りごとの相談にのって
  やったので「庄屋さん」「庄屋さん」と慕われていました。
  ある日儀兵衛さんは、書き物の手を休めて高台の家の
  窓から、村の様子を眺めていました。」
   (突然地鳴り、続いてガタガタと家具の
            揺れる音、だんだん大きく)        
 語り 「すると突然、大きな地震が襲って来ました」


○ 揺れる部屋
     (物の落ちる音)
 儀兵衛「あぶない!」


○ 壊れた家具 
   部屋が大きく揺れる。
     (きしむ音、割れる音、家畜の泣き声など)


○ 壊れた村の家
  語り「激しい揺れが、ようやく収まりました。
     儀兵衛さんは村の様子を見に、外へ飛び出して
     いきました」
      音楽B(不気味で不安)


〇被災した村の全景(夕)
  語り「儀兵衛さんが村を見下ろすと、崩れ落ちた
     家の周りで村人が呆然と立ち尽くしていました」

   
〇海面(夕闇)潮が引いて行く
  語り「儀兵衛さんは、村から海の方へと目を移しました。
     すると、海の潮が沖へ沖へと引いて行くではありま
     せんか。
     儀兵衛さんは、大声で叫びました。」
  儀兵衛「おーい!津波だぞうっ、津波が来るぞーっ。
      こっち逃げてこーいっ。早く上がってこーい。だめだ、聞こえない。よーし!」
  語り「儀兵衛さんは、家の者に早鐘を打たせました。」
(早鐘の音)

   
〇高台の火の見やぐら櫓
  男 「津波だぞー、津波だぞー。津波だぞう」
  語り「儀兵衛さんは松明を持って道沿いの稲むらに火を
     つけました。」
       (音楽C危機感、緊急事態)
        (早鐘)


〇点火される稲むらと儀兵衛(夕)
  儀兵衛「もったいないが、村人の命にはかえられない。
      稲むらを燃やすしかない。こっちだぞ。みんな、
      この火を目指して早く上がってこい」


〇燃えている火と漁村の家並み(闇)
  語り 「村人たちは高台に燃えている火を見つけました。」
  村人1「大変だ、津波がくるぞ。あの火が目印だ、おーいにげろーっ、
      高台に逃げろー!津波がくるぞーっ。早く高台へ逃げろー」
            (村びとたち走りだす)
  良作 「しげっ、先に行ってろっ、舟を見てくる」
  しげ 「行っちゃあだめ!舟なんかどうだっていいよ!
      命の方が大事だよっ」
  良作 「ばかっ舟のおかげで食ってるじゃあないか。
      ちょっくら行ってくる」
           (良作駆け出す)
  しげ 「だめだよ、父ちゃん。いっちゃだめっ!」
  良作 「すぐ戻るからな、先に逃げてろっ」
  しげ 「俊作、はなっ早く高台に逃げなっ」
  俊作 「はなっ、行くぞ」
  はな 「待ってー」
  俊作 「どうしたんだよー」
  はな 「タマも連れてくー」
  しげ 「タマは自分で逃げるから、うっちゃっておけ。
      速く逃げろー!母ちゃんは、ばあちゃん
      連れてすぐ行くから!」
           (俊作、はな逃げる)
  儀兵衛「(高台から)おーい、急げー」
  村人1「(逃げながら)もうすぐだ、ハア、ハア」
  村人2「ハア、ハア、速く逃げろ」
         (津波の音だんだん大きく)


○ 海から押し寄せてくる津波
  儀兵衛「来たぞーっ津波が来たぞーっ」
村びとたち「(口々に叫ぶ)わーっ、ぎゃあー」
         (音楽D大自然の恐怖)


○ 津波が覆いかぶさる


○ 大津波が次々と襲う


○ 津波が引いた村(夕)
        (音楽E絶望)
        (呆然と見下ろす儀兵衛と村びと)
  語り「津波は二度も三度も、村に襲いかかり家も
     木も何もかもめちゃめちゃに壊して引いて
     いきました。
     村人は跡形もなくなってしまった自分たち
     の村を、声もなくただ呆然と見下ろして
     いました。」
       (俊作たち父を探す)
  俊作「父ちゃんは?…父ちゃんはどこ?」
  はな「父ちゃん、父ちゃん」
  俊作「父ちゃんがいない!えーんえーん」
  ばあちゃん「死んだらなんにもならんのに・・…」
       (泣き叫ぶ家族の声)
       (音楽Fレクイエム)

○ 俊作の家族
  儀兵衛「さきばあちゃん気を落としてはならん。
      生きるんだぞ。
      しげさん、頑張ってみんなを守らなく
      ちゃあならないぞ。
      俊作、かあちゃんを助けてやれ、
      はなもな。父ちゃんいなく
      なっても頑張るんだぞ」
  はな 「父ちゃん、どこへ行ったの?」
       (しげたち泣き出す)
       (炎の音)


○ 燃える稲むらの火
  語り 「稲むらの火は、打ちひしがれる村人を励ます
      ように、天を焦がして燃え上がりました。」


○ 稲むらの火の前で村人に演説をする儀兵衛
  儀兵衛「皆の衆、幸いなことにこの屋敷と山の寺は
      流されないで残った
      のだ。みんながそこに寝泊まりして雨露は
      しのげる。
      その間にみんなの家を建てる。費用は払える
      ときでいい。米はこんなときのために蔵に
      蓄えてある。
      おっ母さんたち、すぐ飯を炊け。腹いっぱい
      食って元気を出すんだ。
      みんなで頑張るんだ。力を合わせて立ち上がるんだ。
      この村を津波にやられない安全な村にするんだ。
      大丈夫だ、できる」


○ 村人たち、口々に励まし合う
   村びと(口々に)
     「みんなで助け合えばきっとできる」
     「そうだ、津波なんかに負けてたまるか」
     「せっかく助かったんだ、頑張らなくちゃ」
村びとたち「よーし、やるぞー」
            (力強く明るい音楽G)


○ 晴れた空青い海
(土木作業をする村びとたち次々と登場)
  語り 「庄屋の儀兵衛さんは、村が二度と津波に
     さらわれないようにと考えて、自分の田畑や
     財産を差し出し、堤防を作ることにしました。」
     (仕事歌Hを歌いながら働く村びとたち)
村びとたち「父ちゃんのためならエンヤコラ 
      石を積み上げエンヤコラ
      母ちゃんのためならエンヤコラ
      粘土を つ搗き上げエンヤコラ
      あの子はいい子だエンヤコラ
      堤防つくろうエンヤコラ」
儀兵衛、登場。
  儀兵衛「おーおー、精が出るなー。一休みだー」 


○ 堤防作業風景
       (音楽I)
     建設途中の堤防の上
  儀兵衛「どうだ組長、はかどっているか」
  村人1「はい、みんなリキが入ってるから、段取り
      以上ですよ」
  儀兵衛「結構、結構。(儀兵衛、しげに向かって)
      しげさんとこの賃金は、あんたと俊作で、
      男一人前の人工で計算してあるが暮らして
      いけるか?」
  しげ 「はい、大丈夫です。庄屋さんのおかげで、
      毎日賃金をもらえるから、私らも生きていけます。
      父ちゃんも、あの世で喜んでます。きっと・… 」
  儀兵衛「そうか。俊作は毎日でなくてもいいぞ。寺子屋で
      勉強しなさい」


○ 俊作のアップ
  俊作 「はい、おいら一生懸命勉強して、大人になったら、
       庄屋さんのようなりっぱな人になります」
村びとたち (口々に笑いながら)
     「ほれ、俊作、たんと食え。でかくならねえぞ」
     「あれー顔にドロのひげ髭がついてるぞ」
     「いい男になったなあ、」
     「いい男だ」


○ 現代の海
        (波の音)
        (音楽J明るい海)


○ 堤防の上(現代)
  達也 「ここが儀兵衛さんと、村のひとたちが作った
      堤防なの?」
  すみれ「そうだよ。この堤防のお陰で、そのあとの
      地震が来たときも村は津波の被害を受けな
      かったんだって。
      儀兵衛さんは、ずっと先の人のことまで、
      考えていたんだね」

○ 堤防のある海
  達也 「おばあちゃん、村の人が離れ離れにならなくて
      よかったね」
  すみれ「ほんとにね・・…。
      あれから百五十年も経った今でも、村の人たちは
      この堤防に感謝して大切に守っているんだよ」
         (音楽感動的に)


○ おわり