この話しの舞台となるのは、戸数九○戸、人口四○○人程の、
半農半魚の村。
入江に沿って数十軒の家々が並び、その中程に鎮守の社がある。
そこから段々の田畑が続き、ぽつりぽつりと家が見える。
家の間を縫うように登っていくと、小高い丘が広がり、そこに
五兵衛の家と田んぼがあり、稲むらが立ち並んでいる。
更に登った山の上に、寺の鐘楼が見える。
舞台全面の中央寄りに神社の鳥居、上手側はやや広くなって、人家に通じている。鳥居から石段
を上がると社。 社の後ろには山が迫っている。
下手には高台。高台には稲むらがあり、稲むらの向こうには寺の鐘楼が見える山が望める。
舞台奥は、上手から下手にかけて海が覗いている。
音 効 FI (祭り囃子の音が流れる。ワンテンポ後に、村人の会話が流れる。
共にテープ)(陽気な祭り囃子、音上がる中、村人の会話。祭り囃子は、寺の鐘楼早鐘がなるまで、
場面状況での強弱をつけて流す。)
照 明 FI (会話と共に)
(村人の会話終了と共にお囃子の音量を下げる)
(袖奥から声のみ)
新 助 三吉!祭りの準備の仲間入りが出来て良かったなー。
三 吉 うん。うれしいよ。
(鳥居前の広場に新助と三吉が、上手社側から登場)
(広場奥手参道には、二本の灯籠が立っている)
新 助 三吉、お前もこれで一人前だ。さあ、最後の杭打ちだぞ。
三 吉 (独り言)杭打ちはヤダヨー。カケヤで頭を叩かれそうで・・・。
新 助 三吉、これ持ってろ。 (三吉、杭を立てて)
三 吉 大丈夫か? 新ちゃん。 なんだか恐いな。
新 助 大丈夫だから、しっかり持ってろよ。(かけやを振り上げる)
三 吉 ワーッ。(恐怖心で手を放す)
新 助 あほ ! あぶねえじゃないか! ちゃんと持て! おめえ、男だろ。いいか、ちゃんと持ってろよ。
三 吉 うん。(恐る恐る杭を持つ)
新 助 いくぞ! それっ。よいしょ!
三 吉 ねえ、新ちゃんは、うめ姉ちゃんがすきだろう? 気勢をそがれて)
新 助 アホー。
三 吉 あっ、ほんとだ、ほんとだ。
新 助 そんなこと言わないで、ちゃんと持ってろ。
三 吉 うめ姉ちゃん、綺麗だもんな。
新 助 そんなこと言ってると、手ぇ打つぞ。
三 吉 (ふざけて)あー、痛ぇ痛ぇ・・・。
新 助 ふざけると、ほんとに怪我するぞ。
三 吉 はい。はい。
新 助 それ、いくぞ。それ!よいしょ。
三 吉 ヨーシ、気合入れてー。
新 助 おおっ。よいしょ!よいしょ! これでよーし。
(村人1・2上手から登場)
三 吉 これでよーし。(手を突き上げる)
村人1 新助、祭りの準備大変だがよろしくな。
新 助 大丈夫。まかせて下さい。明日の祭り楽しんでくださいよ。
村人2 ありがとう。明日が楽しみだよ。
(社に向かって消える)
新 助 さあ、灯籠立てるぞ。
(うめ、上手社側から登場。三吉灯籠をとりに上手社側に向かう)
三 吉 灯籠、灯籠。(社の方へ駆けていく。うめとすれ違う)
三 吉 うめ姉ちゃん、新ちゃんが待ってるよ。(上手社側に消える)
う め まだ時間かかるの?
新 助 灯籠立てたら終わるから。 もう少しだ。
(勘太ふらふらしながら灯籠を担いで上手社側から出てくる)
勘 太 よいしょ。よいしょ。
(うめ、勘太の声に振り向き近づき、気遣いながら)
う め 勘太ちゃん、大丈夫?
勘 太 うん、大丈夫だよ。
新 助 偉いぞ、勘太。(勘太の持ってきた灯籠を持って)
ここに立てるから、縛るまで持っていられるか?
勘 太 うん。持ってられるよ。
う め 勘太ちゃん、頑張って!
新 助 よーし、縛るぞ。
勘 太 ああ〜。(必死に止めようとするが、灯籠が倒れ、新助の頭に当たる)
新 助 あっ、痛っ。
う め 大丈夫!
勘 太 あっ、御免ね。
新 助 平気、平気、何でもねえよ。(灯籠を立て直し)
今度は、ちゃんと持っているんだぞ。
勘 太 うん。
新 助 (縛り終えて)よーし、終わったぞ勘太。今年は勘太が灯籠立ててくれたから、
いい祭りになるぞ。なあ、勘太。
勘 太 うん。立った。立った。祭りだ、祭りだー。(飛び跳ねながら上手社側に消える)
新 助 なあ、うめ、明日会おうか。
う め い、や、よ。(尻で新助を押す)
(三吉、上手社側から首を出し二人の会話を聞いている)
新 助 (よろけて)おっとと。
う め あっ。(よろけた新助を助けようとして新助を引っ張っりよせ、抱きつく)
三 吉 みぃーちゃった。みぃーちゃった (囃し立てながら広場に出てくる)
う め さんきちー こらー (手を振り上げて三吉を追う)
三 吉 うーめちゃんと新ちゃんがくーついた、くーついた。 (囃しながら逃げる)
新 助 おい、うめ。 (うめを呼び止める。 うめは追うのをやめ新助の方に近づく)
三 吉 (立ち止まり、振り返って覗き込むように) ねぇ、ねぇ、新ちゃんとうめ姉ちゃんは結婚するの?
新 助 そんなこと言ってないで、早くー片付けろよ。
三 吉 はい、はい。 (ゴミを拾い片付け始める)
(うめ、三吉の頭を突付いて上手に去る)
源 造 (袖奥からの声のみ) おーい、 新助。 来てくれー。
新 助 おー、いま行くよ。 三吉。あと、出来るな。
三 吉 任せとけって。
新 助 頼むぞ。 (社の方に去る)
勘 太 (社の方から出てきて) 三吉兄ちゃん。 まだ?
三 吉 いいところに来たな。一緒に片付けしてくれよ。
勘 太 うん。いいよ。
(シロ上手から鳴きながら出てきて三吉、勘太に絡んでいく)
シ ロ ウワーン、ワン、ワン。
三 吉 おー、シロか。おまえも手伝いに来たのか。偉らい、偉らい。
だけど、 邪魔だから、あっちへ行ってろ。
シ ロ ウー、ワンワン。
勘 太 邪魔だってば!
シ ロ ウー、ワンワンワンワーン。
三 吉 勘太、片付け終わったぞ。
勘 太 綺麗になったね。三吉兄ちゃん、これで明日、お祭りが来るね。
音 効 (お囃子陽気に、音量上げる)
三 吉 おお、祭りだ、祭りだ、ワッショイ、ワッショイ(と、お囃子に合わせて踊る)
勘 太 祭りだ、祭りだ、ワッショイ、ワッショイ(三吉の後について踊る)
シ ロ ウー、ワンワンワンワーン。
ワッショイ、ワッショイ,祭りだ,ワンワン(繰り返し,三吉、勘太、シロねりまわる)
(芋の入ったざるを持ったよねと、その手を引いたみほが上手から出てくる)
よ ね その声は、勘太ちゃんと三吉ちゃんかい。芋をふかしてきたで、お食べ。
勘 太 ワーイ!(みほから芋を受け取り)ワーッ、芋だ!(ほうばる)
三 吉 (芋を受け取り)おおきに、みほちゃん。
勘 太 ウッ・・・・。(一気に食べ、喉につかえむせる)
み ほ 大丈夫?(勘太の背中をさする)
勘 太 あー、苦しかった・・・・・。
み ほ (笑い)急いで食べるから。
三 吉 うめえなぁー、この芋。
よ ね そうかい!
勘 太 うめぇー、うめぇー。
よ ね そりゃ良かった。
シ ロ ウォーワンワン。
三 吉 そうか、そうか。お前も食べたいか!はいシロの分。
シ ロ ウォー、ウォーン、ウォーン
み ほ 勘太ちゃん偉いね。お祭りの支度、ちゃんと出来るなんて。
勘 太 うん。
音 効 (お囃子陽気に、音量上げる)
三 吉 ありがとー、ばあちゃん。 ワッショイ!ワッショイ!
勘 太 ワッショイ!ワッショイ!
ワッショイ、ワッショイ,祭りだ,ワンワン(繰り返し,三吉、勘太、シロねりまわり,三吉、
勘太踊りながら社の方に消えていく)
シ ロ (三吉、勘太に向かって)ワン、ワン、ワン。
(旅姿の清吉、肩に荷物を掛け、上手から出てくる。灯籠に身を隠すようにしてあたりを見回す。)
み ほ おばあちゃん、お祭りのしたくだいぶ出来たよ。
よ ね そうかい!。それじゃあ、のぼりがたったかい。
み ほ のぼりはまだだよ。
よ ね そうかい。
(シロが清吉を見つけて、鳴きながら飛びつく)
シ ロ ウォーン、ワン、ワン。
清 吉 おお、シロ。覚えていてくれたか。
シ ロ クューン、クューン。(清吉にすりよっていく)
清 吉 おお、そうか、そうか。おらが帰って来たのがそんなに嬉しいか!
シ ロ ウォーン、クューン、クューン。
み ほ おばあちゃん、知らないおじちゃんが来たよ。
(よねが清吉の存在に気づき)
よ ね あんた、庄屋様んとこの清吉さんだね!
清 吉 ・・・ ・・・。 (顔を見られないように灯籠に隠れて、横を向く)
よ ね よう帰ってきなさった。よかった。よかった。庄屋さんもこれでひと安心だ。
清 吉 ・・・ ・・・。
よ ね 芋を食べるかい!・・みほ。(みほ、おそるおそる、清吉に近づき)
み ほ はい。(芋を差し出す。更に近づいて)
み ほ はい。(清吉に芋を手渡す。)
清 吉 (みほから芋を受け取り)ありがとう、よね婆さん。みほちゃんも随分大きくな
ったなあ。(芋を食べ)うまい。よね婆さんが作る芋は、やっぱりうまいよ。
よ ね そうかい、じゃ、わしらは、みいんなの所に行くからね。みほ。
み ほ ここだよ。おばちゃん。
よ ね 行くべ。
み ほ はい。
(よね、みほ社の方に消える。みほはよねをいたわるように歩く)
清 吉 (よねの後ろ姿に向かって)ありがとう、よねばあさん。
(振り返って)うめーなーぁ。(あたりを見回して)
なつかしいなーぁ。
(シロ,清吉の持っている芋を欲しがって鳴く)
清 吉 そうか、芋が欲しいか。ほら。(芋をシロにやる)
シ ロ ワウーン。(芋を食べる)
(新助、社から下りてきて、清吉に気づき)
新 助 おい、清吉っさんじゃねえのか?
清 吉 ああ、新助さん。こんにちは。
新 助 清吉っさん、戻ってきたんですか?
清 吉 ええ、よろしく。
新 助 そうですか。そいっあ良かった。
清 吉 あっ、そうだ。新助さん、おれも手伝うよ。
シ ロ ワン、ワン
新 助 おお、そうですか。・・・・あっ、駄目駄目。清吉っさん。家ぃにはまだ帰ってねえでしょう。
清 吉 いやぁ、それが・・・・なかなか帰りづらくてね。何しろ大口を叩いて
家ぃ出たもんで。
新 助 親御さんに顔を見せるのが先だで、清吉っさん。
清 吉 そやけど、なあ・・・・。
新 助 (清吉の肩を叩き)なあ、清吉っさん。とにかく、家ぃ帰って、祭りの支度に来て下さいよ。
清 吉 (うなづき)そうですね。分かりました。そうします。(また、うなづき上手に消える)
(シロ、清吉を見送り、鳴き少し追うが、振り返り新助に擦り寄る)
シ ロ ワン、ワン
源 造 (袖奥から声のみ)おーい、新助。幟ぃ立てるぞー。
新 助 おお。 シロ、行くぞ。(社に向かって消える。シロが鳴きながら、
先になったり後になったりしながらついていく。)
音効 (波の音 FI)
照明 (舞台前だけの照明・シーリングライトで、語りにあてる。)
(語り上手から登場語りながら中央に)
語 り この話しはわしらの村で実際にあった話じゃ。
その年は、何年かぶりかの豊作でな、わしらの心も弾み、祭りの支度にも力が入っておった。
その日は、秋だというのに嫌に蒸し暑く、夕方になって、海からのそよ風が吹いて来るのに、
汗がじわじわと肌にまつわりついて、息苦しいような暑さだった。
(下手に移動しながら)
語 り わしらが祭りの支度をしている頃、庄屋の五兵衛さんは、気分がすぐれんので、
高台の自分の家ぃで横になり、
社から聞こえてくる囃子の音や、祭りの支度をする村の衆の声が、
浜風に乗ってかすかに聞こえてくるのを聞いていたのじゃ。
(祭り囃子が流れているその上に地鳴り音をかぶせる)
(突然 地鳴りの音 音効 FI)
語 り と、突然、不気味な唸りを上げた地鳴りが、身体の下を走り抜けていった。
五兵衛さんは、思わず飛び起きた。
暫くすると、五兵衛さんの身体はゆらゆらと揺れ、ミシミシっと、家ぃがきしんだ。
大きな揺れではなかったが、ぐらぐらと、随分長い間揺れ続いたのじゃ。
照明 (ボーダーライト・ブルー系で、上手・中央FI)
(五兵衛下手より登場)
語 り 「こりゃ、どこか遠くで、大地震が起こったに違いない。」
そう思ったが、
「だが、こんな揺れは初めてじゃぞ。何か変だぞ。」
不安を感じた五兵衛さんは、急いで庭におり、村が望める高台の端に立ち、
村を見下ろした。
その時、わしらは、地震には気が付いたが、
「たいした地震ではないわ。」
と、気ぃにも留めず、祭りの支度に夢中だった。
音効 (FI)
照明 (ボーダーライト、上手グリーン・中央ブルー・下手薄暗く)
語 り 五兵衛さんが暗くなりかけた海に目を移すと、何か海の様子が変じゃ。
引き潮でもないのに、海の水が、沖へ沖へと引いていった。
「こんな潮の具合を見るのは初めてだぞ。こりゃ、只事ではないぞ。」
広い砂浜が姿を現したかと思うと、今まで目にしたことのない海底の岩が、
ニョッキ、ニョッキと沸き上がるように現れ、
十数隻の船が、岩の間に挟まれたり、岩の上に乗っかったまま横倒しになったり、
海水から置き去りにされていた。
(景画をめくり、海底を現す。)
五兵衛 大変だ! こりゃ、津波がくるぞ! オーイ!津波がくるぞー。
語 り 五兵衛さんは、村に向かって、大声で叫んだ。
だが、祭りの支度に夢中だったわしらの耳には届かなかった。
五兵衛 聞こえん。 一刻の猶予も出来ん。
語 り 五兵衛さんは、咄嗟に家ぃに走った。
(音効)
語 り 五兵衛さんは、松明を手に戻ってくると、松明を振り回した。
五兵衛 おーい! 津波が来るぞーっ!津波が来るぞーっ! 駄目だ。 誰も気づかん。
(五兵衛は、稲むらに目を止め、意を決し、)
よーし! (稲むらに火を付けようとする。 下手から)
( 清吉、稲むら後ろの山道から出てくる。五兵衛が火を付けようとしているのを
見つけて、五兵衛の前に立ちはだかり止めようとする。)
清 吉 とっつあん! なにしてる! (五兵衛を抱き止める)
五兵衛 邪魔するなー。どけー。(清吉を払いのけ、稲むらに火を付けようとしている)
清 吉 やめろぉ。 とっつあん! 気でも狂ったのか。
清 吉 この稲は、うちだけの稲じゃねぇんだぞ! ご領主様への年貢米も、村の衆の食
い扶持も。 火付けは打ち首だぞ。獄門になっちやうぞ。
五兵衛 わかってる。そんなことは覚悟のうえだ。今は、みんなの命を助けるのが先じゃ!
清 吉 みんなの命?
五兵衛 津波が来るんじゃ! この火ぃを見れば、みんなが火事だと思うてここに登って
くる。 みんなの命を助けるんじゃ。
(清吉、海に目をやり、事情がのみこめ、決断する。)
清 吉 わかった。俺も火をつける。(下手に消える)
(社側から新助、源造が幟を担いで出てくる。)
新 助 えいさ、よいさ!えいさ、よいさ!
源 造 さあっ、引っ張れー! 立てるぞー。
新 助 よーし、いくぞー。
語 り 五兵衛さんは、次から次へと稲むらに火ぃを付け回った。
五兵衛さんは、高台の突先に立ち、沖の海をじーっと見つめ、
「早く、この火ぃに気付かんか! 早く!」
「早く、登って来るんじゃ! 早く!」
心の中で、そう叫び続けた。
(五兵衛は、火を付けながら下手に消える・燃え上がる稲むらの炎)
照明 (ボーダーライト、上手グリーン・中央ブルー・下手赤)
(寺の鐘楼の早鐘が打たれる。 幟を立てていた新助、源造早鐘に気づき)
源 造 か、火事だー! ど、何処だー!
新 助 あっ、あれは、庄屋さんとこだぞ!
源 造 なにー、 大変だー、いくぞー新助!
新 助 おー。みんなー、火事だぞー、庄屋さんとこが火事だぞー。
(幟を放り出し、駆けだす。)
語 り 自分の家ぃに飛び込み、手桶をさげる者、鳶やむしろを持つ者、みぃんな思い思
いの道具を持って、山道を駆け登った。16
若い衆を先頭に、女も子どもも、老人も、村中のみぃんなが、五兵衛さんの家ぃ
目指して駆け登った。
語 り だが、こんな時には、一番に駆け上がる筈のシロの姿がなかった。
音効 (FI)
(村人たち、山道を駆け登る。)
(シロの遠吠え、危険をしらせ回るシロの鳴き声。袖奥から、上手から登場し、
危険をしらせるため、走り回るシロ、鳴きながら上手社側に消える)
シ ロ ウォーン、わん、わん、わん、ウォーン、わん、わん、わーん。
語 り シロは、火事に気づかないでいる人達に知らせるため、村中を駆け回っていたのじゃ。
(五兵衛、清吉、下手から登場。駆け登ってくる村人の様子を見る)
語 り 五兵衛さんは、みぃんなが登ってくる様子が、もどかしくてならなかった。
「何をぐずぐずしとる! 早く来んか! 早く!」
心の中で、そう叫んでいた。
一番に駆け上がったのは、新助だった。
新助は、高台に駆け上がり、焼けつくような熱さの中に飛びぃ込み、火ぃを消そうとした。
(語り、下手に消える)
( 新助、稲むら後ろの山道から出てくる。稲むらの火を消そうと飛び込もうとする。
清吉は、新助の前に立ちはだかり止めようとする。)
清 吉 (新助を止め)止めろ! 新さん!
五兵衛 新助! 消すな!
新 助 何を言うだ、庄屋さん!(なおも火を消そうとする)
清 吉 (新吉を火から離し)火ぃを消すな!
新 助 早く消さなきゃ、今年の米、全部燃えてしまうぞー!
五兵衛 いいから消すな! 村のみぃんなを、ひとり残らずここにあつめるんじゃ!
津波だ!津波が来るんだ!
新 助 えっ! 津波?(新助、高台の端に行き海を見る)
( 源造、稲むら後ろの山道からいきせき切って出てくる。)
源 造 新助、なにもたもたしてるんだ。早く火を消せ!(そう言いながら火を消そうとする)
新 助 消すな! 火ぃを消すな! 津波が来るんだ!
源 造 津波?
五兵衛 そうじゃ。一刻も早く、みぃんなを集めるんじゃ!
音効 (FI)
新 助 (里村に向かって)おーいー! 津波が来るぞー!
五兵衛 おーいー! 津波が来るぞー!
清 吉 津波が来るぞー! 急げー!
源 造 波が来るぞー! 早く登ってこーい!
(五兵衛、清吉、新助、源造の声がかぶさる)
新 助 急げー! 早く登ってこーい!
清 吉 急げー! 急げー! 津波が来るぞー!
(村人1・2上がってくる)
音効 (FO)
(三吉と勘太、上がってくる)
(うめ、上がってくる)
五兵衛 みぃんな。 よく聞いてくれ。 みぃんなをここに集めたのは、津波がくるからじゃ。
組長は自分の組の者が、全員集まっているか確かめてくれ。源造、
上組はどうじゃ。
源 造 えーと、えーと、 あっ、宇吉っさんとこの、みねさんがまだだ。
全 員 みねさーん! みねさーん! いるかー!
(それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶさる。)
う め あっ、みねさんだ。みねさーん、早く! 早く!
源 造 よーし。これで、みぃんな揃った。庄屋さん、上組はみぃんないます。
五兵衛 そうか。中組は?
村人2 中組は全員います。
五兵衛 よし。西浜は?
新 助 いない! よねばあさんとみほがいない!
五兵衛 なにー! まだかー。(高台の端に乗り出し)よねばー! みほー!
全 員 よねばーさん! みほー! みほちゃーん! よねばー! みほねえちゃーん!
(それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶさる。)
(語り。上手より登場。)
(それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶり、さらに、語りの最初ともかぶる)
語 り 山道を転がるように駆け降りていった清吉っさんは、二人に出会うなり、よね婆さんを無理やり背負い、
嫌がるみほを前に抱えて、きつい山道を、無我夢中で駆け登った。
三人に追いついたシロは、開いた口からダラリと舌を垂らし、「ハァ、ハァ」と荒い息づかいをしながらも、
清吉っさんたちの横に付き、励ますように三人を見つめて走った。
音効 (津波 FI)
五兵衛 あっ! 来た! 津波だ!
全 員 津波だ! 恐いよー! 恐ろしや、恐ろしや! あぁぁーー!
語 り 遙か遠くに、糸を引いたように見えていた水平線が、見る間に、高く高く盛り上がり、
絶壁のようにそそり立ったかと思うと、グングンと陸地に迫った。
(語り下手に消える)
照明 (薄暗く、ストロボ照明)
(津波が荒れ狂う。この間に灯籠、境内の景画を片づける)
(語り下手から登場)
語 り アッと言う間に、村に襲いかかった。家ぃを打ち砕いて飲み込み、大木をも引き
抜いて振り回し、田畑をえぐり、村の上を暴れ回った。・・・・・・・
(シロが津波に向かって、唸り、今にも飛び掛かろうとしている。みほは、シロ
の異常さに気づく。)
(シロは稲むらの後ろの山道から出て、津波に向かって唸り声をあげる)
語 り シロには、それが、怪物に見えたのじゃろう。みほ達を守ろうと、まっしぐらに
駆け降りて行ったかと思うと、荒れ狂う津波の波頭めがけてシロは飛び掛った。
み ほ ヤダー、シロー、死んじゃやだー、 シローォー!
その瞬間、波に飲まれ、声を立てる間もなく、シロの姿は消えていた。
語 り わしらは、津波の恐ろしさに、魂を奪われたように茫然と立ち尽くしてしまった。
み ほ シロー、シロー、うわーん、えーん、シロー、シロー。
(みほは泣きくずれ、清吉にすがり付く形で、よねと三人高台端に出てくる。)
音効 (津波 FO)
語 り 声がする方を見ると、胸にしがみつくみほをだき、背によねばあさんを背負った
清吉っさんが、高台の端に座り込んでいた。
五兵衛 清吉っ! よねばーぁっ! みほーっ!
全 員 清吉っさん! よねばーぁっ! みほーっ!
み ほ ワーッ! シロが、シロがうわーん、シローォー シローォー
語 り みほの目から、大粒の涙が、止めどなく流れた。
一度引いた潮は、次の津波と一緒になって、更に高く、激しく襲いかかって来た。
牙を剥いた魔物のような恐ろしい津波は、三度、四度と襲いかかり、
港も、船も、家ぃも、畑も、田んぼも、社も、
村の全ての物を、打ち壊し、飲み込み、押し流して、行ったのじゃ。
音効 (FI)
照明 (全開)
(津波が去り、荒涼とした村)
語 り やがて、海は元の静けさに戻ったが、そこには、村の姿はなかった。
その当たりには、岩がまき散らされたように散らばり、山の土は、えぐられて、
断崖がむき出しになってそそり立っていた。
綺麗だった砂浜も、元の面影はなく、海底からしゃくり上げられた海草や、
村から転がり落ちてきた石が散らばり、
根こそぎされた木々が横たわっていた。
港には、船の姿は一隻もなく、皆、波に持ち去られていた。
遙か沖の海に、家ぃの残骸が、無残に、悲しく、浮き沈みしているのみじゃった。
わしらは、身体から力が抜け、ただ唯茫然と立ち尽くすのみだった。
五兵衛 (村人たちを見回し、全員無事を確認し、安堵感があふれ)
よかった。・・よかった。・・・・・・・・・・
皆の衆。家ぃも、田んぼも、畑も、船も、みぃんな無くしてしまって、悔しかろう。悲しかろう。
しかし、こうして誰ひとり欠けること無く、村の全員が無事でなによりじゃ。
幸い、わしの屋敷は残った。寺も残った。狭くて窮屈だけど、ここで、みぃんな一緒に暮らすのじゃ。
当面食べるぐらいのものは、わしの倉にある。
それで、一時凌げるじゃろう。
これから、みぃんなで力をあわせ、田んぼも、畑も、船も、港も造ろう。
みぃんなで力を合わせれば何とかなる!また、立派な村を造ろう。
わしらを助けるために犠牲になった、シロの気持ちを無駄にしないよう、頑張ろう。なあ、みぃんな!
全 員 (堰を切ったように泣く)クックックッ、わーんわーん、えーんえーん、
清 吉 とっつあん、おら、村に残って、みぃんなと一緒に頑張るよ。
五兵衛 (清吉の肩を掴み)うん。(村人たちを見回し)うん。
音効 (FI)
(語り、下手から語りながら舞台中央に)
語 り こうして、五兵衛さんが放った稲むらの火ぃは、赤々と燃え、大津波からわしら
むらの衆みぃんなの命を救ったのじゃ。
照明 シーリング中央照明にして語りに合わせる
稲むらに照明があたり.稲むらの火を象徴させる。
(語り、おじぎをする。それを合図に音効FO・照明FO・客電FI)
幕
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