人  形  劇


稲 む ら の 火


制作   人形劇プロジェクト「稲むらの火」制作委員会

主管   人形劇センター静岡 宇佐美 欽也



※1.


著作権は、志良以 勲、宇佐美 欽也が所有する。
2.
防災教育及び防災啓発活動に利用する場合は、ご自由に無料で、改変していただいて、ご利用いただければ構いません。その際、特に連絡は必要ありません。
3.
この台本を利用した営利活動は禁止します。

 

■キャスト

語り・・・・・・・・・志良以 勲

五兵衛・・・・・・・・杉山 伸明

清吉・・・・・・・・・宝納 由美子

よね・・・・・・・・・秋本 恵子

みほ・・・・・・・・・勝又 充代

うめ・・・・・・・・・勝又 充代

源蔵・・・・・・・・・横山 夏日子

新助・・・・・・・・・小池 正雄

勘太・・・・・・・・・宝納 由美子

三吉・・・・・・・・・宮村 淳子

村人・・・・・・・・・佐野 桂

シロ・・・・・・・・・有働 眞澄

津波・・・・・・・・・宮村 淳子
           宝納 由美子

なまず博士・・・・・・小澤 邦雄

司会・あかずきん・・・丹羽 ちえこ

 

■スタッフ

制  作 :宇佐美 欽也

脚本・台本:志良以 勲
      宇佐美 欽也
      (文部省読本「稲むらの火」より)

演  出 :八木 邦雄

舞台監督 :小池 正雄

音  楽 :宝納 由美子

音響効果 :佐野 勝彦

照  明 :鈴木 誠

人形美術 :丹羽 ちえこ
      宮村 淳子

舞台美術 :宇佐美 欽也
      志良以 勲
      杉山 博康

総  務 :北内 通雄
      増田 昭司

運営協力 :静岡県地震防災センター
      損保ジャパンちきゅうくらぶ

協  賛 :損保ジャパン

 


       この話しの舞台となるのは、戸数九○戸、人口四○○人程の、

      半農半魚の村。

       入江に沿って数十軒の家々が並び、その中程に鎮守の社がある。

      そこから段々の田畑が続き、ぽつりぽつりと家が見える。

       家の間を縫うように登っていくと、小高い丘が広がり、そこに

      五兵衛の家と田んぼがあり、稲むらが立ち並んでいる。

       更に登った山の上に、寺の鐘楼が見える。


        舞台全面の中央寄りに神社の鳥居、上手側はやや広くなって、人家に通じている。鳥居から石段
        を上がると社。 社の後ろには山が迫っている。
        下手には高台。高台には稲むらがあり、稲むらの向こうには寺の鐘楼が見える山が望める。
        舞台奥は、上手から下手にかけて海が覗いている。


             音 効 FI  (祭り囃子の音が流れる。ワンテンポ後に、村人の会話が流れる。
         共にテープ)(陽気な祭り囃子、音上がる中、村人の会話。祭り囃子は、寺の鐘楼早鐘がなるまで、
                 場面状況での強弱をつけて流す。)
      照 明 FI  (会話と共に)
        (村人の会話終了と共にお囃子の音量を下げる)
           (袖奥から声のみ)
 新 助   三吉!祭りの準備の仲間入りが出来て良かったなー。
 三 吉   うん。うれしいよ。
       (鳥居前の広場に新助と三吉が、上手社側から登場)
       (広場奥手参道には、二本の灯籠が立っている)
 新 助   三吉、お前もこれで一人前だ。さあ、最後の杭打ちだぞ。
 三 吉   (独り言)杭打ちはヤダヨー。カケヤで頭を叩かれそうで・・・。
 新 助   三吉、これ持ってろ。  (三吉、杭を立てて)
 三 吉   大丈夫か? 新ちゃん。 なんだか恐いな。
 新 助   大丈夫だから、しっかり持ってろよ。(かけやを振り上げる)
 三 吉   ワーッ。(恐怖心で手を放す)
 新 助   あほ ! あぶねえじゃないか! ちゃんと持て! おめえ、男だろ。いいか、ちゃんと持ってろよ。
 三 吉   うん。(恐る恐る杭を持つ)
 新 助   いくぞ! それっ。よいしょ!
 三 吉   ねえ、新ちゃんは、うめ姉ちゃんがすきだろう? 気勢をそがれて)
 新 助   アホー。
 三 吉   あっ、ほんとだ、ほんとだ。
 新 助   そんなこと言わないで、ちゃんと持ってろ。
 三 吉   うめ姉ちゃん、綺麗だもんな。
 新 助   そんなこと言ってると、手ぇ打つぞ。
 三 吉   (ふざけて)あー、痛ぇ痛ぇ・・・。
 新 助   ふざけると、ほんとに怪我するぞ。
 三 吉   はい。はい。
 新 助   それ、いくぞ。それ!よいしょ。
 三 吉   ヨーシ、気合入れてー。
 新 助   おおっ。よいしょ!よいしょ!  これでよーし。
       (村人1・2上手から登場)
 三 吉   これでよーし。(手を突き上げる)
 村人1   新助、祭りの準備大変だがよろしくな。
 新 助   大丈夫。まかせて下さい。明日の祭り楽しんでくださいよ。
 村人2   ありがとう。明日が楽しみだよ。
       (社に向かって消える)
 新 助   さあ、灯籠立てるぞ。
       (うめ、上手社側から登場。三吉灯籠をとりに上手社側に向かう)
 三 吉   灯籠、灯籠。(社の方へ駆けていく。うめとすれ違う)
 三 吉   うめ姉ちゃん、新ちゃんが待ってるよ。(上手社側に消える)
 う め   まだ時間かかるの?
 新 助   灯籠立てたら終わるから。 もう少しだ。
   (勘太ふらふらしながら灯籠を担いで上手社側から出てくる)
 勘 太   よいしょ。よいしょ。
       (うめ、勘太の声に振り向き近づき、気遣いながら)
 う め   勘太ちゃん、大丈夫?
 勘 太   うん、大丈夫だよ。
 新 助   偉いぞ、勘太。(勘太の持ってきた灯籠を持って)
       ここに立てるから、縛るまで持っていられるか?
 勘 太   うん。持ってられるよ。
 う め   勘太ちゃん、頑張って!
 新 助   よーし、縛るぞ。
 勘 太   ああ〜。(必死に止めようとするが、灯籠が倒れ、新助の頭に当たる)
 新 助   あっ、痛っ。
 う め   大丈夫!
 勘 太   あっ、御免ね。
 新 助   平気、平気、何でもねえよ。(灯籠を立て直し)
       今度は、ちゃんと持っているんだぞ。
 勘 太   うん。
 新 助   (縛り終えて)よーし、終わったぞ勘太。今年は勘太が灯籠立ててくれたから、
       いい祭りになるぞ。なあ、勘太。
 勘 太   うん。立った。立った。祭りだ、祭りだー。(飛び跳ねながら上手社側に消える)
 新 助   なあ、うめ、明日会おうか。
 う め   い、や、よ。(尻で新助を押す)
       (三吉、上手社側から首を出し二人の会話を聞いている)
 新 助   (よろけて)おっとと。
 う め   あっ。(よろけた新助を助けようとして新助を引っ張っりよせ、抱きつく)
 三 吉   みぃーちゃった。みぃーちゃった   (囃し立てながら広場に出てくる)
 う め   さんきちー こらー   (手を振り上げて三吉を追う)
 三 吉   うーめちゃんと新ちゃんがくーついた、くーついた。 (囃しながら逃げる)
 新 助   おい、うめ。 (うめを呼び止める。 うめは追うのをやめ新助の方に近づく)
 三 吉     (立ち止まり、振り返って覗き込むように) ねぇ、ねぇ、新ちゃんとうめ姉ちゃんは結婚するの?
 新 助   そんなこと言ってないで、早くー片付けろよ。
 三 吉   はい、はい。 (ゴミを拾い片付け始める)
       (うめ、三吉の頭を突付いて上手に去る)
 源 造    (袖奥からの声のみ)  おーい、 新助。 来てくれー。
 新 助   おー、いま行くよ。 三吉。あと、出来るな。
 三 吉   任せとけって。
 新 助   頼むぞ。 (社の方に去る)
 勘 太   (社の方から出てきて) 三吉兄ちゃん。 まだ?
 三 吉   いいところに来たな。一緒に片付けしてくれよ。
 勘 太   うん。いいよ。
       (シロ上手から鳴きながら出てきて三吉、勘太に絡んでいく)
 シ ロ   ウワーン、ワン、ワン。
 三 吉   おー、シロか。おまえも手伝いに来たのか。偉らい、偉らい。
       だけど、 邪魔だから、あっちへ行ってろ。
 シ ロ   ウー、ワンワン。
 勘 太   邪魔だってば!
 シ ロ   ウー、ワンワンワンワーン。
 三 吉   勘太、片付け終わったぞ。
 勘 太   綺麗になったね。三吉兄ちゃん、これで明日、お祭りが来るね。
      音 効 (お囃子陽気に、音量上げる)
 三 吉   おお、祭りだ、祭りだ、ワッショイ、ワッショイ(と、お囃子に合わせて踊る)
 勘 太   祭りだ、祭りだ、ワッショイ、ワッショイ(三吉の後について踊る)
 シ ロ   ウー、ワンワンワンワーン。
       ワッショイ、ワッショイ,祭りだ,ワンワン(繰り返し,三吉、勘太、シロねりまわる)
       (芋の入ったざるを持ったよねと、その手を引いたみほが上手から出てくる)
 よ ね   その声は、勘太ちゃんと三吉ちゃんかい。芋をふかしてきたで、お食べ。
 勘 太   ワーイ!(みほから芋を受け取り)ワーッ、芋だ!(ほうばる)
 三 吉   (芋を受け取り)おおきに、みほちゃん。
 勘 太   ウッ・・・・。(一気に食べ、喉につかえむせる)
 み ほ   大丈夫?(勘太の背中をさする)
 勘 太   あー、苦しかった・・・・・。
 み ほ   (笑い)急いで食べるから。
 三 吉   うめえなぁー、この芋。
 よ ね   そうかい!
 勘 太   うめぇー、うめぇー。
 よ ね   そりゃ良かった。
 シ ロ   ウォーワンワン。
 三 吉   そうか、そうか。お前も食べたいか!はいシロの分。
 シ ロ   ウォー、ウォーン、ウォーン
 み ほ   勘太ちゃん偉いね。お祭りの支度、ちゃんと出来るなんて。
 勘 太   うん。
      音 効 (お囃子陽気に、音量上げる)
 三 吉   ありがとー、ばあちゃん。 ワッショイ!ワッショイ!
 勘 太   ワッショイ!ワッショイ!
       ワッショイ、ワッショイ,祭りだ,ワンワン(繰り返し,三吉、勘太、シロねりまわり,三吉、
       勘太踊りながら社の方に消えていく)
 シ ロ   (三吉、勘太に向かって)ワン、ワン、ワン。
       (旅姿の清吉、肩に荷物を掛け、上手から出てくる。灯籠に身を隠すようにしてあたりを見回す。)
 み ほ   おばあちゃん、お祭りのしたくだいぶ出来たよ。
 よ ね   そうかい!。それじゃあ、のぼりがたったかい。
 み ほ   のぼりはまだだよ。
 よ ね   そうかい。
       (シロが清吉を見つけて、鳴きながら飛びつく)
 シ ロ   ウォーン、ワン、ワン。
 清 吉   おお、シロ。覚えていてくれたか。
 シ ロ   クューン、クューン。(清吉にすりよっていく)
 清 吉   おお、そうか、そうか。おらが帰って来たのがそんなに嬉しいか!
 シ ロ   ウォーン、クューン、クューン。
 み ほ   おばあちゃん、知らないおじちゃんが来たよ。
        (よねが清吉の存在に気づき)
 よ ね   あんた、庄屋様んとこの清吉さんだね!
 清 吉   ・・・ ・・・。 (顔を見られないように灯籠に隠れて、横を向く)
 よ ね   よう帰ってきなさった。よかった。よかった。庄屋さんもこれでひと安心だ。
 清 吉   ・・・ ・・・。
 よ ね   芋を食べるかい!・・みほ。(みほ、おそるおそる、清吉に近づき)
 み ほ   はい。(芋を差し出す。更に近づいて)
 み ほ   はい。(清吉に芋を手渡す。)
 清 吉   (みほから芋を受け取り)ありがとう、よね婆さん。みほちゃんも随分大きくな
       ったなあ。(芋を食べ)うまい。よね婆さんが作る芋は、やっぱりうまいよ。
 よ ね   そうかい、じゃ、わしらは、みいんなの所に行くからね。みほ。
 み ほ   ここだよ。おばちゃん。
 よ ね   行くべ。
 み ほ   はい。
       (よね、みほ社の方に消える。みほはよねをいたわるように歩く)
 清 吉   (よねの後ろ姿に向かって)ありがとう、よねばあさん。
       (振り返って)うめーなーぁ。(あたりを見回して)
       なつかしいなーぁ。
       (シロ,清吉の持っている芋を欲しがって鳴く)
 清 吉   そうか、芋が欲しいか。ほら。(芋をシロにやる)
 シ ロ   ワウーン。(芋を食べる)
       (新助、社から下りてきて、清吉に気づき)
 新 助   おい、清吉っさんじゃねえのか?
 清 吉   ああ、新助さん。こんにちは。
 新 助   清吉っさん、戻ってきたんですか?
 清 吉   ええ、よろしく。
 新 助   そうですか。そいっあ良かった。
 清 吉   あっ、そうだ。新助さん、おれも手伝うよ。
 シ ロ   ワン、ワン
 新 助   おお、そうですか。・・・・あっ、駄目駄目。清吉っさん。家ぃにはまだ帰ってねえでしょう。
 清 吉   いやぁ、それが・・・・なかなか帰りづらくてね。何しろ大口を叩いて
       家ぃ出たもんで。
 新 助   親御さんに顔を見せるのが先だで、清吉っさん。
 清 吉   そやけど、なあ・・・・。
 新 助   (清吉の肩を叩き)なあ、清吉っさん。とにかく、家ぃ帰って、祭りの支度に来て下さいよ。
 清 吉   (うなづき)そうですね。分かりました。そうします。(また、うなづき上手に消える)
        (シロ、清吉を見送り、鳴き少し追うが、振り返り新助に擦り寄る)
 シ ロ   ワン、ワン
 源 造   (袖奥から声のみ)おーい、新助。幟ぃ立てるぞー。
 新 助  おお。 シロ、行くぞ。(社に向かって消える。シロが鳴きながら、
       先になったり後になったりしながらついていく。)
      音効  (波の音 FI)
      照明  (舞台前だけの照明・シーリングライトで、語りにあてる。)
       (語り上手から登場語りながら中央に)
 語 り   この話しはわしらの村で実際にあった話じゃ。
       その年は、何年かぶりかの豊作でな、わしらの心も弾み、祭りの支度にも力が入っておった。
       その日は、秋だというのに嫌に蒸し暑く、夕方になって、海からのそよ風が吹いて来るのに、
       汗がじわじわと肌にまつわりついて、息苦しいような暑さだった。
    (下手に移動しながら)
 語 り   わしらが祭りの支度をしている頃、庄屋の五兵衛さんは、気分がすぐれんので、
       高台の自分の家ぃで横になり、
       社から聞こえてくる囃子の音や、祭りの支度をする村の衆の声が、
       浜風に乗ってかすかに聞こえてくるのを聞いていたのじゃ。
          (祭り囃子が流れているその上に地鳴り音をかぶせる)
          (突然  地鳴りの音  音効 FI)
 語 り   と、突然、不気味な唸りを上げた地鳴りが、身体の下を走り抜けていった。
       五兵衛さんは、思わず飛び起きた。
       暫くすると、五兵衛さんの身体はゆらゆらと揺れ、ミシミシっと、家ぃがきしんだ。
       大きな揺れではなかったが、ぐらぐらと、随分長い間揺れ続いたのじゃ。
      照明  (ボーダーライト・ブルー系で、上手・中央FI)
       (五兵衛下手より登場)
 語 り   「こりゃ、どこか遠くで、大地震が起こったに違いない。」
       そう思ったが、
       「だが、こんな揺れは初めてじゃぞ。何か変だぞ。」
       不安を感じた五兵衛さんは、急いで庭におり、村が望める高台の端に立ち、
       村を見下ろした。
       その時、わしらは、地震には気が付いたが、
       「たいした地震ではないわ。」
       と、気ぃにも留めず、祭りの支度に夢中だった。
      音効  (FI)
      照明  (ボーダーライト、上手グリーン・中央ブルー・下手薄暗く)
 語 り   五兵衛さんが暗くなりかけた海に目を移すと、何か海の様子が変じゃ。
       引き潮でもないのに、海の水が、沖へ沖へと引いていった。
       「こんな潮の具合を見るのは初めてだぞ。こりゃ、只事ではないぞ。」
       広い砂浜が姿を現したかと思うと、今まで目にしたことのない海底の岩が、
       ニョッキ、ニョッキと沸き上がるように現れ、
       十数隻の船が、岩の間に挟まれたり、岩の上に乗っかったまま横倒しになったり、
       海水から置き去りにされていた。
       (景画をめくり、海底を現す。)
 五兵衛   大変だ! こりゃ、津波がくるぞ! オーイ!津波がくるぞー。
 語 り   五兵衛さんは、村に向かって、大声で叫んだ。
       だが、祭りの支度に夢中だったわしらの耳には届かなかった。
 五兵衛   聞こえん。 一刻の猶予も出来ん。
 語 り   五兵衛さんは、咄嗟に家ぃに走った。
        (音効)
 語 り   五兵衛さんは、松明を手に戻ってくると、松明を振り回した。
 五兵衛   おーい! 津波が来るぞーっ!津波が来るぞーっ! 駄目だ。 誰も気づかん。
        (五兵衛は、稲むらに目を止め、意を決し、)
       よーし! (稲むらに火を付けようとする。 下手から)
       ( 清吉、稲むら後ろの山道から出てくる。五兵衛が火を付けようとしているのを
       見つけて、五兵衛の前に立ちはだかり止めようとする。)
 清 吉   とっつあん! なにしてる!  (五兵衛を抱き止める)
 五兵衛   邪魔するなー。どけー。(清吉を払いのけ、稲むらに火を付けようとしている)
 清 吉   やめろぉ。 とっつあん! 気でも狂ったのか。
 清 吉   この稲は、うちだけの稲じゃねぇんだぞ! ご領主様への年貢米も、村の衆の食
       い扶持も。 火付けは打ち首だぞ。獄門になっちやうぞ。
 五兵衛   わかってる。そんなことは覚悟のうえだ。今は、みんなの命を助けるのが先じゃ!
 清 吉   みんなの命?
 五兵衛   津波が来るんじゃ! この火ぃを見れば、みんなが火事だと思うてここに登って
       くる。 みんなの命を助けるんじゃ。
       (清吉、海に目をやり、事情がのみこめ、決断する。)
 清 吉   わかった。俺も火をつける。(下手に消える)
       (社側から新助、源造が幟を担いで出てくる。)
 新 助   えいさ、よいさ!えいさ、よいさ!
 源 造   さあっ、引っ張れー! 立てるぞー。
 新 助   よーし、いくぞー。
 語 り   五兵衛さんは、次から次へと稲むらに火ぃを付け回った。
       五兵衛さんは、高台の突先に立ち、沖の海をじーっと見つめ、
       「早く、この火ぃに気付かんか! 早く!」
       「早く、登って来るんじゃ! 早く!」
       心の中で、そう叫び続けた。
       (五兵衛は、火を付けながら下手に消える・燃え上がる稲むらの炎)
      照明  (ボーダーライト、上手グリーン・中央ブルー・下手赤)
       (寺の鐘楼の早鐘が打たれる。 幟を立てていた新助、源造早鐘に気づき)
 源 造   か、火事だー! ど、何処だー!
 新 助   あっ、あれは、庄屋さんとこだぞ!
 源 造   なにー、 大変だー、いくぞー新助!
 新 助   おー。みんなー、火事だぞー、庄屋さんとこが火事だぞー。
       (幟を放り出し、駆けだす。)
 語 り   自分の家ぃに飛び込み、手桶をさげる者、鳶やむしろを持つ者、みぃんな思い思
       いの道具を持って、山道を駆け登った。16
       若い衆を先頭に、女も子どもも、老人も、村中のみぃんなが、五兵衛さんの家ぃ
       目指して駆け登った。
 語 り   だが、こんな時には、一番に駆け上がる筈のシロの姿がなかった。
      音効 (FI)
       (村人たち、山道を駆け登る。)
       (シロの遠吠え、危険をしらせ回るシロの鳴き声。袖奥から、上手から登場し、
       危険をしらせるため、走り回るシロ、鳴きながら上手社側に消える)
 シ ロ   ウォーン、わん、わん、わん、ウォーン、わん、わん、わーん。
 語 り   シロは、火事に気づかないでいる人達に知らせるため、村中を駆け回っていたのじゃ。
       (五兵衛、清吉、下手から登場。駆け登ってくる村人の様子を見る)
 語 り   五兵衛さんは、みぃんなが登ってくる様子が、もどかしくてならなかった。
       「何をぐずぐずしとる! 早く来んか! 早く!」
       心の中で、そう叫んでいた。
       一番に駆け上がったのは、新助だった。
       新助は、高台に駆け上がり、焼けつくような熱さの中に飛びぃ込み、火ぃを消そうとした。
       (語り、下手に消える)
       ( 新助、稲むら後ろの山道から出てくる。稲むらの火を消そうと飛び込もうとする。
       清吉は、新助の前に立ちはだかり止めようとする。)
 清 吉   (新助を止め)止めろ! 新さん!
 五兵衛   新助! 消すな!
 新 助   何を言うだ、庄屋さん!(なおも火を消そうとする)
 清 吉   (新吉を火から離し)火ぃを消すな!
 新 助   早く消さなきゃ、今年の米、全部燃えてしまうぞー!
 五兵衛   いいから消すな! 村のみぃんなを、ひとり残らずここにあつめるんじゃ!
        津波だ!津波が来るんだ!
 新 助   えっ! 津波?(新助、高台の端に行き海を見る)
       ( 源造、稲むら後ろの山道からいきせき切って出てくる。)
 源 造   新助、なにもたもたしてるんだ。早く火を消せ!(そう言いながら火を消そうとする)
 新 助   消すな! 火ぃを消すな! 津波が来るんだ!
 源 造   津波?
 五兵衛   そうじゃ。一刻も早く、みぃんなを集めるんじゃ!
       音効  (FI)
 新 助   (里村に向かって)おーいー! 津波が来るぞー!
 五兵衛   おーいー! 津波が来るぞー!
 清 吉   津波が来るぞー! 急げー!
 源 造   波が来るぞー! 早く登ってこーい!
       (五兵衛、清吉、新助、源造の声がかぶさる)
 新 助   急げー! 早く登ってこーい!
 清 吉   急げー! 急げー! 津波が来るぞー!
       (村人1・2上がってくる)
      音効  (FO)
       (三吉と勘太、上がってくる)
       (うめ、上がってくる)
 五兵衛   みぃんな。  よく聞いてくれ。 みぃんなをここに集めたのは、津波がくるからじゃ。
       組長は自分の組の者が、全員集まっているか確かめてくれ。源造、
       上組はどうじゃ。
 源 造   えーと、えーと、   あっ、宇吉っさんとこの、みねさんがまだだ。
 全 員   みねさーん! みねさーん! いるかー!
        (それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶさる。)
 う め   あっ、みねさんだ。みねさーん、早く! 早く!
 源 造   よーし。これで、みぃんな揃った。庄屋さん、上組はみぃんないます。
 五兵衛   そうか。中組は?
 村人2   中組は全員います。
 五兵衛   よし。西浜は?
 新 助   いない! よねばあさんとみほがいない!
 五兵衛   なにー! まだかー。(高台の端に乗り出し)よねばー! みほー!
 全 員   よねばーさん! みほー! みほちゃーん! よねばー! みほねえちゃーん!
       (それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶさる。)
       (語り。上手より登場。)
       (それぞれに叫ぶ。みんなの声がかぶり、さらに、語りの最初ともかぶる)
 語 り   山道を転がるように駆け降りていった清吉っさんは、二人に出会うなり、よね婆さんを無理やり背負い、
       嫌がるみほを前に抱えて、きつい山道を、無我夢中で駆け登った。
       三人に追いついたシロは、開いた口からダラリと舌を垂らし、「ハァ、ハァ」と荒い息づかいをしながらも、
       清吉っさんたちの横に付き、励ますように三人を見つめて走った。
      音効 (津波 FI)
 五兵衛   あっ! 来た! 津波だ!
 全 員   津波だ! 恐いよー! 恐ろしや、恐ろしや! あぁぁーー!
 語 り   遙か遠くに、糸を引いたように見えていた水平線が、見る間に、高く高く盛り上がり、
       絶壁のようにそそり立ったかと思うと、グングンと陸地に迫った。
       (語り下手に消える)
       照明 (薄暗く、ストロボ照明)
       (津波が荒れ狂う。この間に灯籠、境内の景画を片づける)
       (語り下手から登場)
 語 り   アッと言う間に、村に襲いかかった。家ぃを打ち砕いて飲み込み、大木をも引き
       抜いて振り回し、田畑をえぐり、村の上を暴れ回った。・・・・・・・
       (シロが津波に向かって、唸り、今にも飛び掛かろうとしている。みほは、シロ
       の異常さに気づく。)
       (シロは稲むらの後ろの山道から出て、津波に向かって唸り声をあげる)
 語 り   シロには、それが、怪物に見えたのじゃろう。みほ達を守ろうと、まっしぐらに
       駆け降りて行ったかと思うと、荒れ狂う津波の波頭めがけてシロは飛び掛った。
 み ほ   ヤダー、シロー、死んじゃやだー、 シローォー!
       その瞬間、波に飲まれ、声を立てる間もなく、シロの姿は消えていた。
 語 り   わしらは、津波の恐ろしさに、魂を奪われたように茫然と立ち尽くしてしまった。
 み ほ   シロー、シロー、うわーん、えーん、シロー、シロー。
       (みほは泣きくずれ、清吉にすがり付く形で、よねと三人高台端に出てくる。)
      音効 (津波 FO)
 語 り   声がする方を見ると、胸にしがみつくみほをだき、背によねばあさんを背負った
       清吉っさんが、高台の端に座り込んでいた。
 五兵衛   清吉っ! よねばーぁっ! みほーっ!
 全 員   清吉っさん! よねばーぁっ! みほーっ!
 み ほ   ワーッ! シロが、シロがうわーん、シローォー シローォー
 語 り   みほの目から、大粒の涙が、止めどなく流れた。
       一度引いた潮は、次の津波と一緒になって、更に高く、激しく襲いかかって来た。
       牙を剥いた魔物のような恐ろしい津波は、三度、四度と襲いかかり、
       港も、船も、家ぃも、畑も、田んぼも、社も、
       村の全ての物を、打ち壊し、飲み込み、押し流して、行ったのじゃ。
      音効 (FI)
      照明 (全開)
             (津波が去り、荒涼とした村)
 語 り   やがて、海は元の静けさに戻ったが、そこには、村の姿はなかった。
       その当たりには、岩がまき散らされたように散らばり、山の土は、えぐられて、
       断崖がむき出しになってそそり立っていた。
       綺麗だった砂浜も、元の面影はなく、海底からしゃくり上げられた海草や、
       村から転がり落ちてきた石が散らばり、
       根こそぎされた木々が横たわっていた。

       港には、船の姿は一隻もなく、皆、波に持ち去られていた。
       遙か沖の海に、家ぃの残骸が、無残に、悲しく、浮き沈みしているのみじゃった。
       わしらは、身体から力が抜け、ただ唯茫然と立ち尽くすのみだった。
 五兵衛   (村人たちを見回し、全員無事を確認し、安堵感があふれ)
       よかった。・・よかった。・・・・・・・・・・
       皆の衆。家ぃも、田んぼも、畑も、船も、みぃんな無くしてしまって、悔しかろう。悲しかろう。
       しかし、こうして誰ひとり欠けること無く、村の全員が無事でなによりじゃ。
       幸い、わしの屋敷は残った。寺も残った。狭くて窮屈だけど、ここで、みぃんな一緒に暮らすのじゃ。
       当面食べるぐらいのものは、わしの倉にある。
       それで、一時凌げるじゃろう。
       これから、みぃんなで力をあわせ、田んぼも、畑も、船も、港も造ろう。
       みぃんなで力を合わせれば何とかなる!また、立派な村を造ろう。
       わしらを助けるために犠牲になった、シロの気持ちを無駄にしないよう、頑張ろう。なあ、みぃんな!
 全 員   (堰を切ったように泣く)クックックッ、わーんわーん、えーんえーん、
 清 吉   とっつあん、おら、村に残って、みぃんなと一緒に頑張るよ。

        五兵衛   (清吉の肩を掴み)うん。(村人たちを見回し)うん。
      音効 (FI)
       (語り、下手から語りながら舞台中央に)
 語 り   こうして、五兵衛さんが放った稲むらの火ぃは、赤々と燃え、大津波からわしら
       むらの衆みぃんなの命を救ったのじゃ。
      照明 シーリング中央照明にして語りに合わせる
         稲むらに照明があたり.稲むらの火を象徴させる。
       (語り、おじぎをする。それを合図に音効FO・照明FO・客電FI)
        

     幕